医療の安全を守る 再発防止につながる正確なインシデントレポート作成術

東海林 さおり(看護師)

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インシデントレポート作成術

 

インシデントレポートとは?その目的と重要性


インシデントレポートとは、医療現場で発生した「ヒヤリ・ハット」や事故の状況を記録し、報告するための文書です。患者に実害が生じた場合だけでなく、実害には至らなかったものの、そのまま放置すれば事故につながる可能性があった事例も対象となります。

このレポートの主な目的は、事故の再発防止と医療安全の向上にあります。個人の責任追及ではなく、システムやプロセスの改善点を見出すための重要なツールとして位置づけられています。適切に記録・分析されたインシデント情報は、類似事例の発生予防や組織全体の安全文化構築に不可欠な要素となっています。

 

インシデントレポート作成の基本ステップ


インシデントレポートを効果的に作成するには、いくつかの基本的なステップを踏むことが重要です。まずは6W1Hの枠組みを用いて状況を整理し、次に客観的事実のみを記載することを心がけます。このセクションでは、的確なレポート作成のための基本的アプローチを解説します。

 

6W1Hで状況を整理する方法

インシデントの全体像を明確に伝えるためには、6W1Hの枠組みを活用して情報を整理することが効果的です。これにより、レポート作成者も読み手も状況を正確に把握できるようになります。

項目 内容 記載例
When(いつ) 発生日時を年月日・時間まで正確に記録 2023年10月15日 14時30分頃
Where(どこで) 病棟名、病室番号、処置室など具体的な場所 4階東病棟402号室ベッドサイド
Who(誰が) 関係したスタッフの職種・経験年数 看護師(経験3年目)、研修医(1年目)
Whom(誰に) 患者の年齢・性別・状態など 75歳男性、入院5日目、右大腿骨骨折後
What(何が) 発生した出来事の具体的内容 点滴ルート自己抜去
Why(なぜ) 発生要因や背景(確認できた事実のみ) ナースコール使用方法が理解できていなかった
How(どのように) 事象の経過や対応した内容 トイレに行きたくてベッドから起き上がろうとした際に点滴ルートを引っ張った

この枠組みに沿って情報を整理することで、重要な要素の漏れを防ぎ、第三者にも理解しやすいレポートになります。複雑なインシデントでも、この表を基に情報を埋めていくことで、状況を漏れなく記録することができます。

 

事実を客観的に記載するポイント

インシデントレポートの信頼性を高めるためには、主観的な解釈や感情を排除し、客観的事実のみを記載することが重要です。以下のポイントを意識しましょう。

まず、「見たこと」「聞いたこと」「確認したこと」など、自分が直接体験した事実のみを記載します。「〜と思う」「〜だろう」といった推測表現は避け、「〜を確認した」「〜と報告を受けた」など具体的な事実関係を示す表現を用いましょう。

次に、時系列に沿って出来事を記録することで、状況の流れが明確になります。例えば「10:15に血圧測定、10:30に転倒を発見」など、時間経過と共に何が起きたかを詳細に記述します。

また、数値や状態は具体的に記録することも大切です。「血圧が低い」ではなく「血圧90/50mmHg」と、「不安定」ではなく「歩行時にふらつきあり」など、具体的な表現を心がけましょう。

 

具体的な記載項目と注意点


インシデントレポート作成術2

インシデントレポートの質を高めるためには、特定の項目について正確かつ詳細に記載することが重要です。このセクションでは、レポート作成時に特に注意すべき主要項目について解説します。発生状況の時間的・空間的な記録から関係者情報、具体的な状況説明、そして対応と結果まで、それぞれの記載方法と注意点を詳しく見ていきましょう。

 

発生日時・場所の明確な記載

インシデント発生の日時と場所は、状況を正確に把握するための基本情報です。日時については、年月日だけでなく、時間も「14時30分頃」のように可能な限り正確に記載します。勤務帯(日勤・夜勤)も併記すると、勤務状況の文脈も伝わりやすくなります。特に夜勤帯や休日など、通常と異なる勤務体制の場合は、その状況も付記しておくと有用です。

場所については、「4階東病棟」「処置室」など具体的に記載し、さらに詳細な状況がわかるよう「ベッドサイド」「トイレ内」などの補足情報も加えるとよいでしょう。また、インシデント発見時と実際の発生時が異なる可能性がある場合は、その両方を区別して記録することが重要です。施設の構造上の特徴(「狭い通路」「照明が暗い場所」など)がインシデントに関連する場合は、その環境要因についても言及しておくと、施設改善の検討材料になります。同様のインシデントが特定の場所で繰り返し発生していないかという分析にも役立ちます。

 

関係者情報の正確な記録

インシデントに関わった人物の情報は、状況理解と再発防止策の検討に欠かせません。患者情報は年齢、性別、入院日数、診断名、ADL状況など、インシデント理解に必要な範囲で記載します。特に患者の認知機能、コミュニケーション能力、移動能力などの情報は、インシデントの背景理解に重要です。ただし、個人を特定する氏名などは避け、ID番号などで管理するのが適切です。また、患者の既往歴や服用中の薬剤などが関連する場合は、それらの情報も記載します。

関与したスタッフについては、職種(看護師、医師、薬剤師など)と経験年数の記載が重要です。新人か経験者か、部署経験の長さなどの情報は、教育的観点からも有用です。ここでも個人名は避け、役割や立場(「担当看護師」「リーダー看護師」など)で記載します。また、インシデント発生時のスタッフ配置状況(「通常より1名少ない体制」など)や、応援スタッフの有無なども、システム要因の分析に役立つ情報です。チーム内でのコミュニケーションや情報共有の状況についても、可能な範囲で記録しておくとよいでしょう。

 

インシデントの詳細な状況説明

インシデントの状況説明は、「何が起きたか」を第三者に明確に伝えるための核心部分です。出来事の経過を時系列で整理し、「14:00に点滴開始、14:30に患者が違和感を訴え、確認したところ薬剤間違いが判明」のように、具体的に記載します。この際、事前の状況(患者の状態、準備段階の様子など)から始め、発生までの流れを順を追って説明すると理解しやすくなります。

曖昧な表現は避け、「少量の出血」ではなく「直径約3cmの血液染みを確認」など、客観的に観察できる事実を記載します。また、患者の状態変化も「顔色不良」ではなく「顔面蒼白、冷汗あり」など具体的に表現し、バイタルサインなどの数値データがあれば必ず記録しましょう。使用していた医療機器や物品の状態、設定値なども関連する場合は詳細に記録します。特に、通常と異なる手順を行った場合や、マニュアルから逸脱した点があれば、その内容と理由も正直に記載することが大切です。写真や図を添付できる場合は、状況をより明確に伝えるためにそれらを活用するのも効果的です。

 

発生後の対応と結果の報告

インシデント発生後の対応と結果は、事態の収束状況を示す重要な情報です。どのような初期対応を行ったか(「主治医に報告し、指示を仰いだ」「バイタルサイン測定を実施」など)を時系列で記載します。また、医師への報告時刻、指示内容、実施した処置なども詳細に記録します。緊急対応が必要だった場合は、応援要請の方法や、チームとしての連携状況についても言及すると良いでしょう。

対応後の患者状態の変化や、その後の経過観察内容も重要です。「15:00のバイタルサインは安定、疼痛の訴えなし」など具体的に記載します。さらに、患者・家族への説明内容とその反応、他部門との連携状況なども記録しておくと、組織的な対応の検証に役立ちます。インシデントによる身体的・精神的影響の有無、追加で実施された検査や治療内容、その後のフォローアップ計画なども記載しておきましょう。また、再発防止のために即座に実施した対策(「同様の薬剤の保管場所を分離した」「警告表示を設置した」など)があれば、それらについても触れておくことで、組織的な安全対策の一環として記録に残ります。

 

よくあるミスとその回避方法


インシデントレポート作成時には、経験の有無にかかわらず陥りやすいいくつかの典型的なミスがあります。このセクションでは、レポートの質と信頼性を低下させる代表的な問題点と、それらを効果的に回避するための具体的な方法を解説します。特に、主観的な解釈や推測の混入、そして言い訳や感情的表現の使用は、最も注意すべき点です。

 

主観や推測を交えない書き方

インシデントレポートにおいて最も避けるべきミスは、主観的解釈や推測を事実のように記載することです。客観的な事実のみを記録するために、以下のポイントを意識しましょう。

 

  • 観察事実を具体的に記述する
    (良い例) 「患者は顔面蒼白で、『吐き気がする』と訴えた」
    (悪い例) 「患者は気分が悪そうだった」
  • 因果関係についての推測を避ける
    (良い例)「薬剤投与後30分で立ち上がろうとした際にふらつきがあり転倒した」
    (悪い例)「薬の副作用で転倒した」
  • 確認できない情報の扱い方
    (良い例)「この点については確認できなかった」/「スタッフAによると〜とのこと」
    (悪い例)「おそらく〜だったと思われる」
  • 数値や具体的表現を用いる
    (良い例)「ガーゼ3枚が血液で飽和する程度の出血を認めた」
    (悪い例)「多量の出血があった」

 

これらのポイントを意識することで、誰が読んでも同じ状況が理解できる客観的なレポートになります。事実と推測を明確に区別することは、インシデント分析の質を高める基本となります。

 

言い訳や感情的表現を避けるコツ

インシデントレポートに言い訳や感情的表現が含まれると、客観性が損なわれ、本来の目的である再発防止策の検討が困難になります。「忙しくて確認できなかった」という言い訳よりも、「確認手順を省略した」という事実を記録することが重要です。

また、「申し訳ない」「反省している」などの感情表現や、「患者が急に動いたから」など相手に原因を求める表現も避けましょう。代わりに「次回は〜の確認を徹底する」など、具体的な改善点に焦点を当てた記述を心がけます。

ミスを言い訳なく報告できる組織文化の醸成が、インシデントからの学びを最大化し、医療安全の向上につながることを忘れないでください。

 

まとめ


インシデントレポートは、医療安全を向上させるための貴重な情報源です。効果的なレポート作成のポイントは、6W1Hの枠組みを活用した状況整理と、客観的事実のみの記載にあります。具体的な記載項目としては、発生日時・場所の明確な記載、関係者情報の適切な記録、インシデントの詳細な状況説明、そして発生後の対応と結果の報告が重要です。

また、レポート作成時の典型的なミスとして、主観や推測の混入、言い訳や感情的表現の使用に注意し、これらを避けることで信頼性の高いレポートとなります。重要なのは、個人の責任追及ではなく、システム改善のための材料として活用されるという認識を持つことです。

質の高いインシデントレポートは、医療現場の安全文化を育み、患者さんにより安全なケアを提供するための基盤となります。日々の実践の中で、これらのポイントを意識し、継続的な改善に役立てていきましょう。

 

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著者プロフィール

東海林 さおり(看護師) 株式会社アクタガワ 看護師スーパーバイザー

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看護師資格修得後、病棟勤務・透析クリニック・精神科で『患者さん一人ひとりに寄り添う看護』の実践を心掛けてきた。また看護師長の経験を活かし現在はナーススーパーバイザーとして看護師からの相談や調整などの看護管理に取り組んでいる。

 

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